足りないところを探すクセ矯正②愛情が足りない⇒他者への愛情奉仕で昇華していくべき

人生との向き合い方
ろくろ
ろくろ

足りないところを探すクセを指摘されたわけですが。。愛情もまた足りない・・と思っているところが自分にはあるような気がします。

妻と死別して以来寂しい、幼少期の家庭内不和で愛着障害的な感覚がある・・・という愛情が足りない状態を「言葉」や「思考」で表現していました。

これも立派な足りない病(笑)

「言葉」⇒「思考」⇒「行動」⇒「結果」

自分で「愛情が足りない」という言葉、思考をしているうちは、ずっと言葉どおりの結果しか引き寄せないわけですよね。。

妻がいなくて寂しい⇒愛別離苦はさけられない。一緒に居た時も今も幸せ

妻を助けてあげられなかった、妻が死んでしまって哀しい、辛い、寂しい、子どもたちに哀しい想いをさせてしまった。

↑こんな言葉と思考を死別以降、7年くらい与え続けていました。

この言葉から逃げるために、ムダなこともたくさんして遠回りしました。

今は・・・

愛別離苦は避けられないけど、出会って、一緒に過ごした日々はとても幸せな経験と体験をさせてもらって成長できた。

助けてあげたくて、家族で必死に頑張った。

これから先、どんな事があっても一生供養して、感謝して、愛して、大切にしていく。

妻への愛情を違った形で昇華させていく。

という言葉と思考に切り替える努力をしていきます。

たまに、凹んでるけど(笑)

親が不仲で苦労した⇒親も苦しかっただろう

両親の不仲で疑心暗鬼な家庭で過ごしたため、個人的には「愛着障害」的なものがあるのではないかと思っています。

両親を信じられない、好きではない、許せないと思っていましたし、今でもそれはあります。

でも、ほんとに愛してもらえなかったか?大事にしてもらえなかったか?

「というと、そうでもないのでは??」と思うようにしています。

可愛がってもらえた瞬間も、病気で看病してもらえた瞬間も、高校までですが、衣食住を整えて育ててくれたという感謝もあります。

私が幼少期の時の親は20代、30代、40代。

今の自分と変わりません。まだまだ未熟だっただろうし、今のように情報やらも少なかったでしょう。時代も色々と大変な時期だったと思います。

信頼、愛情等をマックスで親にもらったり、あげたり・・・という過去がなくても、育ててくれたという事実だけは感謝していけばいい。

という感じで今は自分をコントロールしています。

それはそれ、これはこれ。ですね。

愛情が欲しい、足りないという愛情不足を克服する方法は?

愛情が欲しい、足りない、満たされない・・という愛情不足、愛着障害とも最近は言いますが・・、愛情不足・愛着障害は自分の在り方、言葉、思考で乗り越えるしかありません。

愛情不足、愛着障害の原因が大きすぎる場合は、心療内科・メンタルクリニック等での治療、カウンセリングが大事です。

しっかりと自分の心身を回復させつつ、その一助として、「言葉」「思考」を変えていくことです。

最終的に、愛情が足りないという現実を、愛情が満ち溢れているという状態に変えるためには「言葉」「思考」を変えて、自分が大切な人や仕事に愛情を出してあげることなんですよね。

苦しかったり、辛い時には自分から愛情を出すことはできないかもしれません。

苦しかったり、辛い時には自分を愛する、自分をいたわることをしてエネルギーを回復させて、次に身近な周囲に愛情(笑顔や挨拶、雰囲気とか)を提供するから、ギブアンドテイクの法則で、次は自分に愛情が入ってくる・・・。

そう信じて生きていきたいと思います。

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