
最近、アート(みたいなもの?)を楽しんでいます。アート=個性、世界観だと思っています。
2年くらい前まではアートや芸術、工芸、手芸、デザイン、芸能といったような類のものは・・・よくわからない、人生に必ずしも必要ではない、あってもいいけど人生ではムダなものの一部・・・と除外していました。
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アートに触れたいと思ったきっかけ
ほんとは芸術やアート、自己表現の世界を「なんとなくわかりたい」「触れてみたい」「憧れている」というところもあったのです。
ですが、が、大人になり、社会人になり・・・アート的なものが時間のムダ、行動のムダ、成果のムダといった感じなっていたんですよね。
結果を出さなくてはいけない、結果がでる行動をするのがもっとも効率が良い・・・といった言葉や思考、行動だったんですよねー。
実際、そのような考えでスキルやノウハウ、行動力、体力などを身につけることができたのですが・・・先日の香川真司選手の言葉のとおり
理想と現実のギャップが大きく、自己批判しすぎて疲弊して気力を失っていた。少しの余裕がないと心がパンクすることを、ここ数年で理解できた気がする。
↑いずれはこんな感じで燃え尽き症候群、バーンアウト、自己否定になっていくんですよね。
結果だけを欲しがっていて、それを求めてずっと走り続ける必要がでてくるから・・。
ですが、ちょうど2019年の中年の危機のような状態になったときに、今の自分を打破する、殻を破るものは「成長の過程で捨てたもの、置いてきたもの」の中にあると理解できた時に、真っ先にうかんだのが「アート」でした。
理解したい、チャレンジしてみたい、アーティストや自己表現が上手な人はすごいと感じていた自分に蓋をするために、反対側の方の効率性、成果主義みたいな方に突っ走っていたような気がします。
わかりたい、理解したい⇒アートや世界観の前ではムダな考え。
現代のアートなんて・・・もう理解とか不可能なんですよね。
そもそも効率性とか機能性はアートであっても、どちらかというと工業的アートですよね。
利便性に機能性をもたせるとかも。それでもいいのですけどね。
ただ、アートとかアーティストって世界観というか、独自のものがあるじゃないですか。
エヴァの世界って庵野さんの世界観でしかわからないと思うんですよ。
だからYouTubeとかではエヴァの考察動画が多いですよね。
結局独自の考察をしているのであって、庵野さんしかわからない世界観をわかろうとしているわけですよ、みんな。
ピカソの絵も、岡本太郎の絵や彫刻も・・・説明や考察がないとよくわからないじゃないですか!(笑)
わかるよ・・・という人がいたら、それはアートじゃないのかなと思いますよね。
味わう、浸る、感じる、無になる・・・それが現代のアート思考かと。瞑想的な感じです
過去の芸術、アート的なものは機能性があったんですよね。
絵画とかは写真や風景を後世に残すとか、自分の地位や権力、国家や宗教観を強烈にするためにあった面もあるんですよね。
でも、写真の技術だったり、科学や文化などが進化していくたびに必要なくなるわけですよね。機能性は。
で、アートの役割は変化していくんですよね。
それが「個々の感性を刺激する」とか、「世界観を感じ取る」とか、あとまぁ投資的な役割とか・・そういった面になってきていますよね。
独自性とか、個性とか、世界観というかですね。
この辺の説明は書籍でもありますが、中田敦彦さんのYouTube大学でも独自解釈で説明があります。
アートってそもそも何じゃ!?って方は是非チェックされてみてください。
アート(わからないもの)を楽しむものが次世代を制する
なんとなくですが、人類的に・・・進化が進みすぎて便利になりすぎてしまった現代。
調べればだいたいのことは理解できる今だからこそ、わからないものに魅了されるのかなとおもいます。
逆をいえばわからないものに向かってクリエイトしていくところに、人は集まり、注目していくのではないかと考えています。
アートを楽しむ、アートを提供できる人は今後の世界を制していける人物となるのではないかなぁなんて思っている今日このごろです。
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